
河川敷の草むらに何やら動くものがいた。目を凝らすんだがなかなか草むらの主が判らない。よく見ようと一歩踏み入れたとたんに目の前から♀のキジが走り出した。枯れ草にまぎれてまったく居所が判らなかった。お見事!彼女は一目散に葭原に消えてしまった。写真は後ろ姿だけである。Photo:2012/03/29 @蛇砂川、近江八幡市
私たちの暮らしのそばで多くの生きものも暮らしています。よく見るとそこには私たちの想像もつかないすごい出来事や新しい発見、豊かな創造性、芸術性・・・なによりも変化に富んだ命があります。そんな生きものたちの暮らしや季節の様子はどこか懐かしくもあり、未来的でもあります。
Since July,2008
友人から京町家のおくどさん(かまど)で炊いたご飯を食べようと誘われた。ご飯を頂く前に仕事があった。かまどに火を入れる前の作業は薪割りである。杉丸太をかまどに入る様に鉈で割るのである。割った断面から出た虫の脚に気付いた、観るとそれは体長1cmほどの小さなカミキリムシだった。幼虫時代に丸太を食い進み、その穿孔のなかで蛹化したものが、羽化した個体のようだ。孔の中で暖かくなるのを待っているのだろう。カミキリムシは出さずに割った丸太を元に戻し、もらってきた。暖かくなって出てきてからゆっくり観察しよう。さて薪割りの途中で虫を見ている僕にまわりはあきれている。でもこればかりは仕方が無い、薪に入っている虫の方が面白いんだから。Photo:2012/03/03 @四条京町家、京都市
里山の水田脇でニホンアカガエルの卵を見つける。まだまだ冷たい田んぼの水、そこにはおびただしいカエルの卵があった。親ガエルは冬眠から産卵のためにいったん降雪も終わらない早春に目覚め、産卵を終えた後、もう一度5月頃まで休眠(春眠)するという変わった生態を持つ。多くのカエルやヤモリが水田を産卵場所として利用するなかで、捕食者が少ない早春に産卵し、他のカエルがオタマジャクシの間に、子ガエルとなって雑木林に帰って行く、という作戦なのか。産卵がされていた田んぼのまわりにはおびただしい卵塊以外に、イノシシの足跡と彼らが土を掘り返し荒らした草地があった。近くの水溜まりにはアカハライモリや水生昆虫の姿も見れた、確実に春が来ている。写真:(上)ニホンアカガエルの溺死、(下)水田溝の卵塊 Photo:2012/02/26 @堅田、滋賀県
よく「白鷺」っていうがその名の鳥はいない、よく見かける白いサギをひっくるめて白鷺って言っている。 その中身はダイサギ、チュウサギ、コサギの「大中小」の3種類。みんなまとめてシラサギと呼ばれているように、風貌がどれもにているため、野鳥に興味の無い人は区別して見てない。つまり白い鷺のようなものは全て白鷺なのである。今夜の白鷺は体長は 90cm ほどで、日本ではアオサギと並ぶ最大級のサギ=「ダイサギ(大鷺)」である。全身の羽毛が白色で、雌雄同色。脚と首が非常に長く、くちばしも長い。足は全体が黒い。夏羽ではくちばしが黒くなり、足の基部がわずかに黄色がかる。また胸や背中に長い飾り羽が現れる。眼先が緑がかる婚姻色が現れることもある。冬羽では飾り羽がなく、くちばしが黄色くなる。チュウサギと似るが、チュウサギは体長が小さい。またダイサギはクチバシが長く、また眼下にある口角の切れ込みが眼より後ろまで食い込むことで容易に判別できる。
フン虫研究者のT先生、野鳥研究者のN先生と3人で米原の三島池に鳥を観に行く。数日前の積雪で埋もれた池と伊吹山を想像して行ったのだが、なんと池周辺の雪はほとんど溶けてしまっていた、さすがに伊吹山は積雪たっぷりで双眼鏡で見限り山頂の小屋も雪に埋もれている。天気に恵まれ風もなく、暖かな一日。三島池では、ヒドリガモ、オナガガモ、コガモ、カルガモ、マガモ、アヒル(合鴨)、バン、オオバン、ダイサギ、アオサギ、カワウ、エナガ、カワラヒワなどが観られた。時折、パンを持ってやってくる来園者のまわりにカモ達が集まる。池の借景になっている伊吹山(1377m)を見ていると、池端の松の頂にアオサギが止まる(写真)。アオサギも雪山を眺めているよう。伊吹山はまだまだ冬の様相だがアオサギの脚は赤く色づき早くも婚姻色が出始めている。池のカモ達もすっかりカップルが出来上がっている。カモ達の渡りも以外に早いかもしれない。帰り道、西の湖にハイイロチュウヒを見に行くが、ここでも空振りで今日はなにも出なかった。いつもなら風が強いアシ原には全く風がふいていない。猛禽類の狩りは風との関係があるのだろうか。Photo:2012/02/22 @三島池、米原、滋賀県
自宅の庭にも雪が積もった。西洋ヒイラギの赤い実と雪はよく似合う・・・がさてどうしたものだろう今年は今になっても赤い実がすべて残っている。これは本来喜ばしい事なのだが、そうでもない。例年なら年末にヒヨドリが一日で食べ尽くしてしまうほどなのに今年は違う。山間部では雪が多いと聞くが地方全体ではやはり暖かいのか。この小さな木になる実に頼らなくとも山には豊富に食べ物があると言うのか。仕事で度々通る琵琶湖大橋に近い湖岸道路でも同じ事を気付いた。今年は琵琶湖のカモ類が少ない。北国では例年にない豪雪、ならばカモ類が越冬のためにさらに多く来てもよさそうである。気候の問題か、それとも地震の影響でもあるのだろうか。いろいろな場所で気付く、例年と何かが違う今冬である。Photo:2012/02/20 @京都市
京都市内にもようやく雪が積もった。北陸や東北の積雪のことを考えると喜んではいられないが、やはり雪が積もって健然な冬期である気がする。早速、植物園に散歩に出かける。雪景色を一目見ようと普段よりも来園者が多い。散歩をしていると不思議な場面に出会った。カシ林の薄暗い林床をコサギが歩いている。普段、コサギは川辺にいる鳥でこのような場所にいる事を見た事が無かった。様子を伺っていると選んでこの暗い林床を歩いている、偶然迷い込んできたのでない事は確かだ。お目当ては餌らしい。小走りに歩いたかと思うと立ち止まり、地面を凝視し、しきりに何かをついばみ食べている。こんな行動を繰り返していた。コサギに習って、同じ様に地面に目を凝らすが何がいるのか判らない。積雪で水浸しになった地面からミミズでも出てきているのかもしれない。それにしても地面に残る雪にコサギの白羽がすっかりまぎれて保護色になっていることは面白い。雪が無ければ目立って仕方ないだろうに。Photo:2012/02/18 @京都府立植物園
タカ類の飛翔を見ていると時間が過ぎるのを忘れてしまう。実に見事。風を読みながら、時にはゆったりと舞ったり、空中に留まり地面の一点を凝視したり、また時にはすべるように上に下にと軽やかに移動する。時折、すとんと落ちる様にヨシ原に入るが獲物に逃げられたのかすぐに舞い上がってくる。是非ともその狩りの様子を見たいと思うのだが、なかなか出会えない。双眼鏡で見ていると目の様子まで判る、正面からこちらに向かってくる時などはゾクゾクしてしまう。この時期、西の湖のヨシ原にはノスリ(写真)、ミサゴ、ハイイロチュウヒ、チュウヒ、オオタカ、チョゲンボウ、トビなどのタカ類が観察できる。それぞれに体形や飛び方が違っていてなれればその判別は容易である。Photo:2012/02/17 @西の湖、近江八幡市、滋賀県
今や街の街路樹でよく見るアオマツムシ。コオロギやキリギリスの仲間とは、思えない面構え。むしろナナフシの顔の様である、樹上に住むとこんな顔になるんだろうか。日本では本州、四国、九州に分布。明治時代に中国大陸より日本に入り帰化した外来種という説が一般的だが、原産地ははっきりせず、日本での初記録年月日も1898年という説と1908年ごろという説があるが、はっきりしていることは初記録地は東京都の赤坂榎木坂であるらしい。一生を通して樹上に住むので土の地面が無くても、少々乾燥した環境にも対応できるたくましさ、だから街のなかでも増えることが出来る。バス待ちの時に頭の上で声はすれど姿は見えず・・・形が平たく、葉や枝の上を素早い動きをするためだ。Photo:2011/10/18 @京都御苑、京都市
知人より蛾の写真が送られてきた(写真上)。翅の紋様からするとオスグロトモエ(♀)だと思う。「思う」と言うのは、近似種のハグルマトモエに非常に似ているからなのだ。この写真を見て「おおっ!」と興味を持った。その興味は蛾の種類ではなく。この蛾の左下翅にざっくりとするどく、あたかも爪で(しかも5本指?)はぎ取ったかのような欠損にである。その部分を拡大すると写真下のように「スパッ」となにかで切り落とした様になくなっていることが判る。こんな傷がただ飛んでいる時に付くとは思えない、翅の状態から羽化してさほどの日も過ぎていない、しかも片側だけだ。はたしてなにがこの蛾の身に起きたのか? 実はこの蛾の翅は、アオバズクというフクロウの仲間の食事痕によく現れる。この翅の傷もアオバズクから逃れた時に出来たものか? それとも街灯に引き寄せられ壁に止まっていた時にネコに手を出されたか・・・そんなことを想像すると一枚の写真からでも自然の中で起こる様々なことに思いが向かうのだった。原則として自分が撮った写真を使っていますが、今回は友情出演です。Photo:2011/09/07 @京都御苑。京都市
木陰で休息するカラスアゲハ(夏型♂)を見つける。翅はまっさら、鱗粉も尾状突起も完璧、羽化してまもない個体と思う。普通は春と夏の年2回の発生、夏の個体は7〜8月に羽化するのでこの個体は少し時期遅れの登場とも言える。でも自然界では発生の時期が微妙にずれる個体がいることで健全なのだ。種のほとんどが同じ時期に発生してしまうと気象などの自然環境に大きな変化が出た時に、一番大切な繁殖に支障が出てしまう。登場する時期がばらばらとある一定の約束の上(大まかな季節)でずれることで、自然環境の変化に対応できるので健全なのだが、かといって変な時期に一匹だけ登場してもこれまた繁殖が出来ない。虫の世界はなかなか複雑に、かつ上手く出来ている。このカラスアゲハの場合は、登場するある一定の約束とは、春型5月頃(前年秋に蛹になって越冬した個体が羽化=春型)、夏型7〜8月頃に羽化(春の個体が産んだ卵から発生したもの=夏型)する時期である。これを年2回発生という。Photo:2011/09/06 @京都御苑、京都市
虫の世界はよくわからない。大きくてりっぱなものはほんの一握りで、ほとんどは小さくてその生活史も満足に判っていない。芥子粒のようなハエや甲虫でいっぱいである。ぱっと見で「**の仲間だ」と判れば良い方(これが難しいのだが)で、この写真なんかはフィールドで見ると植物の種が葉っぱについているとしか思えない。ほとんど見過ごしてしまう。幸いに「蛾の仲間」と言うことまでは経験上で判る。体長10mmに満たない、動きもせずひたすら葉の上で、頭を下にむけて、触覚を体に沿わしている。体の不思議な体色は、翅の模様である。調べると「ヤブマメヒメシンクイ」名前だけでは植物なのか鳥なのかさっぱり見当もつかないだろう。でも蛾の仲間である。ポップ類を食害するヨツスジヒメシンクイと酷似するが、はっきり判っていることは食草の違い。名前の頭につく「ヤブマメ」を幼虫は食べる。判らないから面白い、でものめり込むにはちょっとした勇気も必要。Photo:2011/08/30 @京都御苑、京都市
あれほど熱かった夏なのに過ぎてしまうと、ほっとするどころかどこかさみしい。涼しい日が続くと日ごとにセミの鳴き声も減ってきた。今日はクマゼミがアラカシの細枝(枯枝)に卵を産んでいた。地面から高さ1m程度、鉛筆の太さよりも少し細いぐらいの枝だったのでゆっくりと観察できた。腹部先端を小刻みに動かし続ける、産卵管はまだ出ない。しばらくすると腹部先端より少し上(写真=セミの腹端より少し上に見える)から太い産卵管が現れた、このキリの様な産卵管を全身の力で枝に差し込む。この時、セミ成虫の前脚が強靭なのが役に立つのか。数分をかけて産卵を行なう、卵は樹皮下に産みつけられた。産卵が終わるといったん産卵管を抜き、休み、少し枝の上に移動してもう一度同じことを繰り返す。一回の産卵で相当に体力を消耗するのだろう、産卵と産卵の間の休息の時間は長い。セミが飛び立ったあとは、枝皮に上側にささくれたノミで刺したような痕が残った。産卵された卵はこのまま冬を越し、来年夏前に孵化し、地面に降り長い地下生活(幼虫)に入る。成虫となって地上に現れるのは数年先。成虫の期間は短いが、一匹の生涯(卵〜幼虫〜成虫)を考えると昆虫にしては極めて長生きと言える。Photo:2011/08/30 @京都御苑、京都市
「蜘蛛の子を散らす」=「大勢の者が散り散りに逃げていく様子をいう」。知っていることわざだが実際にクモの子を散らすことはあまり無い経験だと思う。今夜の写真は、このクモの子を散らした状態のもの。写真のクモは「イオウイロハシリグモ」という、このクモは普段餌を捕る巣をかけない。ただし母グモはまんまるの「卵のう(卵の塊を糸でくるんだもの)」をくわえて運び守るが孵化する前に草葉間に吊るした卵のうのまわりに保護用の簡単な巣をかける。孵化してしばらくはまだ母グモが卵のうを守っているが、この巣に母グモの姿は見当たらない。子グモの塊を写そうと葉に触れてしまった・・・この瞬間、まさに「蜘蛛の子を散らす」状態が起こった。何匹いるのだろう500以上か1000匹以上か見当もつかない、小さなクモがものすごい数動き出した。この塊を「まどい」と言う(団居る、円居=1か所に集まり会すること、特に親しい者どうしが集まって楽しむこと)。 ただしむやみに散ること無く、やがて落ち着くともとの塊に戻った。塊から出ることは、補食される確率が高いのだからもうしばらく大きくなるまで「まどい」を続ける。そこで新たな疑問が、この大きさ子グモの餌は何だろうか・・・ひょっとするとこの中で共食いも起こっているかもしれない。さてこの中から親にまで生き残る確率はどれほどのものだろうか。まどいの大きさは、直径3〜5cm程度。Photo:2011/08/23 @京都御苑、京都市
「チビクワガタ」と聞くと少し冗談のような名前だが、れっきとしたクワガタムシの一種。他種のように♂が大きなアゴを持っているという訳でなく、名前から想像できるように体長15mmほどのチビで、♂も♀も小さなアゴしか持たない。ただし、他種との違いはその体形よりもその生活にある。普通、昆虫類は親子が互いの顔を知らない、ましてや親が子育てなんかしない・・親は卵を産み死ぬ、その後卵からふ化した幼虫は成長しやがて親となる。しかし、このチビクワガタは、朽木・倒木の中で家族単位で暮らし、成虫(親)が材を噛み砕いて幼虫の餌を生産するという亜社会性生活を営む。成虫(親)は、動物性の餌を好み、樹皮下でミミズや他の昆虫などを捕食しているようだが、樹液に来ることもあるらしい。意外と飛翔性が高く、灯火にもよく飛来する。そんな家族単位の暮らしだから、倒木を割ると100頭以上もの成虫と幼虫が見つかることがあるという。こうなれば家族というよりも「村」の様相だ。Photo:2011/08/07 @京都御苑、京都市
昆虫が持つ翅や体の色や斑紋を見ていつも不思議に思う。なぜそれが必要なのだろうか、どんな時にそれが役立つのだろうか。そして時としてその意味が観察で判ることがある。今日のベッコウハゴロモとクサギカメムシがそうだった。クサギの枝にとまるベッコウハゴロモを写そうと観察していた時、正面からクサギカメムシがやってきた。クサギカメムシがハゴロモの前まで来たその時、ベッコウハゴロモは逃げること無く翅を垂直に、つまり正面から来る相手に対して最大に見える状態にして翅の斑紋を見せつけた(写真上)。瞬間、カメムシの脚がとまり、ハゴロモを避けるように通り過ぎたのだった。なんらかの効果はあったようだ。昆虫の写真を撮る時は頭を上位置にしてしまいがちだが、ベッコウハゴロモの場合、頭を下にした時に翅の左右にある斑紋が「鋭くにらむような目」に見えることが判った。目に見える斑紋は左右の端にあるのでまるで大きな顔に見える。なんと太い眉もある、きりりとした鼻筋も見える(写真下)。そして一番大切な頭部はなんの斑紋もそなわっていない。おそらく捕食者の一撃は翅の目にむけられるだろう、しかしその時は逃げれば良い。大切な身体の部位にはまったく影響は無いのだから。翅の斑紋はまるでパプアニューギニアの原住民のお面のようでもある。Photo:2011/08/09 @京都御苑
京都御苑の「夏の自然教室」で鳥の話をする。鳥の話と言っても夏鳥の探鳥会ではない。季節柄鳥たちは子育ての真っ最中。だから鳥の巣の話を主にした。御苑では、ちょうどアオバズクが繁殖中という時期でもあるので、まずアオバズクの話をして、実際に営巣木近くで雄を観察する(雌は巣穴にこもっている)。幸いに雄が巣穴の近くの枝に止まっているのを観察できた・・・とは言えアオバズクの巣を持ってくる訳にはいかないので、ここはキジバトの巣を解説。先日、キジバトの古巣を採取し、巣材をひと枝毎に白紙の上に並べてみた。他の鳥のように巣が細密に造られていないのでばらして、並べるにはさほど苦労しない。並べ終わると面白いある約束事が見えてきた。なにげに見る小枝だが、実際は約半分は細かく分岐した枝、そして半分は湾曲した枝を巣材として選んでいることが判る。両方のタイプとも最長は24cmと同じ。キジバトにとって24cmという長さはヒトのどれほどなのか今後考えてみたい。さて、巣材に使われた小枝は、それぞれ91本と92本、他の細かなのやら、ぐるぐるした枝をあわせると193本。採取の時の落しを含めると200本強といったあたりだろう(いくつかの巣をばらすと平均が判るはず)。個々の枝を見ると、分岐した枝の多くはドウダンツツジ、その枝の切り口を見ると鋭利な刃物の後が伺える。これは剪定した枝を集めたものと想像できる。湾曲した小枝はメタセコイヤが多くあった。キジバトが巣材の落枝を集める光景はよく目にする。実はなにげなく集めているようだが細やかな計画のもと、落枝を吟味している事に気付いた。この巣材でキジバトの巣を造ろうと思ったが、まったく手に負えない。鳥たちの巧みさに驚く。この巣材を見ていて他にいろいろなことも判った。今日、僕に与えられた時間は30分少し、今日もやっぱり時間切れ。この続きは別の機会としよう。Photo:2011/07/22
京都府立植物園で風変わりなカモの群れに出会う。雑木の下で餌を採る4羽のカモがいた。一見、2羽のマガモと、2羽のカルガモが仲良くしているように見えるが、それぞれのクチバシ、羽色、模様を観察すると、4羽はマガモとカルガモを親に持つ若鳥兄弟のようである。落ち葉の下の昆虫を探している。枯葉をかけばいくらでもミミズが見つかった。さっそくミミズを投げてやるとすかさず食べる、こちらの様子を伺うように徐々に近寄り、そのうち手から食べんばかりだった。もう少し時間があれば手から餌を食べたと思う。野生のカモがこれほど近くまで寄ってくるとは少々驚いた。一番前と左奥の個体はマガモ的な体色をもつ、ただし背中はカルガモ似。真ん中はカルガモとほとんど同じ体色だがクチバシの色が少し違う(マガモの♀的)。右奥の個体はマガモの♀的ではあるが体色にカルガモの特徴が出ている。4羽それぞれにマガモとカルガモの特徴がモザイク的に出ていて面白い。Photo:2011/06/27 @京都府立植物園
シジミチョウの中でもとりわけ美しいグループがある。♂の翅の表面が緑色に輝くミドリシジミ類(ゼフィルスと呼ばれる)で日本の蝶の中でも最も美しいことで人気がある。中高生の頃、このチョウを採集するために梅雨時にもかかわらず毎週山に通った。標本を作るに特徴的な翅表面の緑色と後翅の尾状突起が完璧にそろう事(これを完品=カンピンと呼んだ)が絶対条件。だがフィールドで採集する個体では非常に難しい。そこで完品を得るために晩秋から冬にかけて山に行き、卵を採集する。卵は春、食樹(幼虫の食べる樹木)の芽吹きにあわせてふ化する。だから春から梅雨明けにかけては自室の机の上はシャーレ(幼虫を飼育する容器)が200個以上も積まれるようになる。週末のフィールド通いも忙しい、毎日の幼虫の世話も忙しい、世話を怠ると病気もでる、餌の確保も大切だ、その上、生態的な記録もとらないといけない、よなよな顕微鏡で幼虫を覗いているわけだ・・・これは自分にとって何ものにも代え難い幸せな時間、他人から見れば完全に病気以外のなにものでもない。さてこのミドリシジミの仲間、フィールドでの採集も難儀だ、コナラ等の樹木の樹冠を居場所とするので捕虫網も10mの長さのものを振り回すことが必要。絶えず樹冠のあたりを見ていて、素早く動くチョウをめがけて「よいしょ、えいや!」と振り回す訳だ、体力と視力がもの言う。子どもの頃から小さな昆虫を追いかけたお陰だろうか「動体視力」にはやや自信がある。だからスポーツ観戦時もその動体視力がもの言う。今日は車を運転しながら、路肩の栗の花に吸蜜に来たミドリシジミを見つける(もちろんよそ見でなくて)。後続車がいるので路肩で止まりたいが止まれない。いったん通り過ぎてUターンして戻ると・・・既に飛び去っていない。こうなれば直感で、チョウが止まりそうな枝葉を探す・・・やっぱりいた。ミドリシジミ(♂)が葉に止まりテリトリー(縄張り)を見張っている。周辺はハンノキ林もある、きっとどこかにもっといるはずだ、この個体の状態からすると来週からは♀も登場するに違いない。Photo:2011/06/26 @近江八幡市、滋賀県