2009年1月31日土曜日

第五十七夜/マレーワシミミズク

 雨に恵まれた森歩きから町にもどり,一周10分とかからない小さな町を散歩しているとふと頭上に視線を感じた。やっぱりいた,見上げるとヘアーサロンの看板の上にワシミミズクが一羽こちらを見ている。名前は,Barred Eagle-Owl(=縞模様のあるワシミミズクの意味 または Malay Eagle-Owl 和名:マレーワシミミズク 学名:Bndo sumatrana)。黄色いクチバシが特徴。木に止まっていれば特徴ある体の模様も保護色になるがここでは目立ってしまう,しかし場所の意外性もありほとんど気づかない。一緒にいたガイドでさえ気づかなかった(もっとも今回はガイドよりも僕の方がいろんなものを見つけたのだが)。脚には何もついていないようなのでペットとして飼われているものでは無いようだった。カメラを向ける僕が気にかかるのかこちらが位置を返る毎に上から首を回しこちらを見ている。こんなステキな鳥に出会えてラッキーだ。【2009/01/31】
Photo:看板の上から僕を見下ろすマレーワシミミズク @Bangar,Brunei 2009/01/16

2009年1月30日金曜日

第五十六夜/森の民・イバン


  ブルネイの森歩きの案内は,現地先住民イバン族にお願いした。彼らは熱帯雨林の民で,生活そのものを森に依存している。樹木から安全な飲料水を採る方法,数あるヤシからどの葉が屋根材に適切か,森歩きでお腹が減ったら何を食べるか,腹痛やケガをした時の手当の草はどれか,森に生育するラタン(籐:ヤシの一種)にも毒があるものもある・・などなど,驚くほどの情報と知識である。どうやってそれを知ったのか・覚えたのかと尋ねた。答えは,森を歩きながら親から全て教わったと言う。代々,何百年,何千年もの時間と経験を経て実証されたものだ。方や森の中で生活に必要な植物(有用植物)を効率よく得るために守り・残してきた。彼らと森を歩くと手つかずと思われていた熱帯の森も実は人との関わりで今に至っている事が判る。まさに彼らは生物多様性の森の一員と言える。他の野生動物との大きな違いは,火を使う事,刃物を使う事である。ボルネオ島に住む伝統的な先住民族はイバン族はじめ共通しロングハウス*1と呼ばれる共同住宅・村の形態を持っている。彼らは、基本的に小規模な農耕(焼き畑)と狩猟・採集生活をしているが、最近貨幣経済の浸透が見られ、商品作物の栽培や、都市への出稼ぎによる現金収入を求め生活形態が徐々に変わってきた。現在では僕の様な観光客・研究者のガイドや手工芸品販売(土産物用)により現金収入を得ている者も少なくない。
 熱帯の森歩きでは,日本の森の様な道標や地図はない,道も不確か(細流も立派な道になる),ボートによる移動が必要,樹木が高くて見通しが利かない,地形が複雑,時には仕掛け矢(狩猟用ワナ,ワナの存在は「印」があるが僕たちには判らない)もある・・・などなど結構大変。そこで効率よく,かつ安全に歩くには,現地住人にガイドをお願いするほかにない。【2009/01/30】
Photo(上):森への移動はまず川から始まる。幅75cm,長さ7〜9mほどの細長い船(ロングボート)に船外機をつけて驚くほどの渓流を遡る。水深が浅くなったり小滝が現れると船をみんなで引っ張り上げる場面も出て来る。激しい使用に耐えるために側板と底板の材質(使用する木の種類)が異なる。Photo(中):森の中でヤシの葉を使った屋根材の作り方を実演。Photo(下):森を歩くとパラン(山刀,ナタ)で道を塞ぐ倒木などを伐る必要がある。かなり太い枝も一断ち,大細工も小細工もこれ一本。そこで彼らは休み時間も河原から砥石を探し刃の手入れを怠らない。鋭いパランはイバンの男のプライドそのもの。@Batang Duri. Brunei 2009/01/16

*1 ロングハウス:高床式長屋状の家屋で,個々の部屋の前に大きな共有スペースを持つ。五世帯程度の小規模のものから何十メートルにも及ぶ大規模のものまで,まさにロングハウスである。柱は丸太もしくは角材の掘立柱,床や壁は竹が利用される。床にはラタンで編んだゴザが敷かれる。屋根はかつてはヤシ葉葺きだったが今ではトタン葺きが多い。一つのロングハウスには,必ず一人の「長(おさ)」がいる。森に入る場合は,このロングハウスの「長」への挨拶から始まる。

2009年1月29日木曜日

第五十五夜/森のカタツムリ


 ブルネイの熱帯雨林でとても美しいカタツムリを見つけた。直径25mmぐらいだから大きくはないが,不思議な模様を持っていた。よく見ると透明な外殻の中に茶色い模様があり,その奥に下地の茶色が見える,例えるなら「水ようかん」もしくは「アップルコンピューターMACのマウス」のような感じでもある。表面は非常に滑らかで,透明感のある光沢。なんとも不思議なカタツムリだった。まったく写真を撮るのも忘れ見とれてしまった。(後で一枚しか撮っていないことに気づいた)熱帯の森を歩くと驚くほど不思議で,美しい生きもの達に多く出会う。しかし,その個体数は驚くほど少なく,このカタツムリにはもう二度と会う事は出来ないかもしれない。もちろん種類は判らない。そして森の消滅と共に数多くの生きものが人知れず地球から姿を消していく。生物多様性の森を歩くといろいろな思いが頭をよぎるのだ。【2009/01/29】
Photo(上):外殻の拡大,水ようかんみたい。 Photo(下):カタツムリの全体像,葉っぱの下側に付いていた。どうやって他の個体と出会うのか?@Batang Duri. Brunei 2009/01/16

2009年1月28日水曜日

第五十四夜/万年筆ヤスデ

 さて,森でのドリアン話しの続き。ドリアンを食べて種や皮を足下に捨てると驚くほど早くいろいろな生きものが集って来る。それほどドリアンの香りは強く,果肉は美味しい。やってきたのは「万年筆ヤスデ」と呼ばれる大型のヤスデ,長さ25cmぐらい,太さ直径1.5cm強。普段は触るときれいなゼンマイ状(螺旋状)になるが今日はドリアン食べたさか興奮状態でいくら触ろうがつつこうが,まったく丸くならずひたすらドリアンの種の表面に残った果肉にまとわりついていた。いくらシーズンだからといって,彼らがこの美味しい果肉にありつけるのは唯一,誰かが食べた後だけだから仕方が無い。【2009/01/28】Photo:ドリアンの果肉を探す万年筆ヤスデ,地面に落ちている棘はドリアンの外皮の棘  @Batang Duri. Brunei 2009/01/16

2009年1月27日火曜日

第五十三夜/野生のドリアン

  今の季節,マレイシアは果物の王様と言われるドリアンのベストシーズン,僕も久しぶりに大好物のドリアンを沢山食べた。ドリアンの楽しみは食べるだけにあらず。トラックの山積みドリアンの中から自分の好みの味を探す事から始まる。柄の状態,針の感じ,重さ,振った時の振動,そして最後に皮をすこし開いて香りを確かめる。探すのに15分,やっとありましたこれぞと思える一個。やっぱりうまい。田舎に行けば市場で野生のドリアンを売っている(街で売っているのは果肉の多い栽培種)。今回もいろいろなドリアンを見る事が出来た。中でもブルネイの森で食べた野生のドリアン(実の表皮が赤く,棘が緑,そして中身が濃い黄色)は果肉は少なかったのだが,いままで食べたドリアンで一番濃厚な味で美味しかった。山では,ナタ(パラン)で棘を全部取り去ってから,半分に割って食べます。食べ終わった種を川に捨てると残った果肉に魚が群れます,森に捨てるといろいろな動物や昆虫がにおいにつられてやってきます。みんなドリアンが好きなんですね。不思議に現地の人も食べ終わった種を遠くに投げ捨てます。そうやってドリアンの種は森に暮らす生きものによって遠くに運ばれます。ドリアンは甘い果肉を野生動物に食べさせることによって子孫を森に広げる。そして森に住む民(ここではイバン族)は,ドリアンやラタンを始め森に暮らすために必要な様々な草木(有用植物)を守り・残していく。一見,全く手つかずに見える森にも自然生態系の一部に組み込まれた森の民が大きく関っている事が判る。上手く出来ていますね。だからドリアンは森で食べて,種を遠くに投げるのが正しい食べ方?【2009/01/27】
Photo(上):野生のドリアン,直径20cm〜25cm,実の表面は赤く,棘が緑。Photo(下):ナタで半分に割って果肉を食べます。中に見える楕円形の白い部分は種の断面,種と皮のあいだのクリーム色の部分が果肉 @Batang Duri. Brunei 2009/01/16

2009年1月26日月曜日

第五十二夜/所変わっても品変わらず・アオスジアゲハ

 マレイシア・コタキナバルの街を歩いていると道路脇の駐車場の濡れたところにアオスジアゲハが吸水に来ていた。この蝶は日本のものとほとんど変わらない。但し,街路樹にクスノキ科の植物があまり使われていないので日本の夏に見かける個体数よりもずっと少ない。日本の街の中の方がずっと個体数が多い。それは食樹である街路樹にクスノキが沢山使われているからだ。普通のアオスジアゲハと判っていてもやっぱり写真に撮っておきたい,そこで最初は落ち着きなく飛び回るチョウが止まりそうなところに見当をつけて待つ,「元気だね〜ここにきなさい」なんてぶつぶつ言いながら,ひざまづきほとんど地面にうずくまる様な、さらには腹這いのかっこで写真を撮る・・・と知らずのうちに僕の後ろで何人かの人が必ず立ち止まって見ていく(多分,最初は心配してくれて)。僕は蝶を撮り,通行人は僕を観察していく。何人かは、ひと言ふた言質問し、説明を聞き「ほうっ〜」って言うが,ほとんどの人の頭の中は「???」だろう・・・そりゃそうだ。【2009/01/26】
Photo:駐車場で吸水をするアオスジアゲハ。背景に見えるのは車の下側。@Kota Kinabalu,Sabah,Malaysia 2009/01/20

2009年1月25日日曜日

第五十一夜/所変われば色変わる・赤いツマグロオオヨコバイ

 僕たちの暮らす身近な場所であればどこでもと言うほど見かける昆虫にツマグロオオヨコバイと言うセミの仲間がいる。成虫は,全体が緑色で頭の部分に黒点そして羽の端部に黒い紋がある。この虫の幼虫は黒紋は無く,黄緑色の体の形から「バナナムシ」と呼んだりもする。東南アジアのブルネイの熱帯雨林の森でもこのツマグロオオヨコバイ見かけた。但し見つけたのは,赤いツマグロオオヨコバイ。日本の緑色のものとは種類が違うと思うが,色を除けばその他は大変に良く似ている。止まっているのは,バナナの葉っぱだから赤い体が逆によく目立ってしまう。この体色からすると普段は,赤い葉か赤い葉柄(葉っぱの付け根の部分)を持つ植物にいるのかもしれない。この小さな昆虫の仲間は,特定の植物との関係を強く持ち,世界中のあらゆるところにいるらしい。同じ種類でも,所変われば色変わると言う事もあるかもしれない。詳しい名前を探る事もこれからの楽しみ。【2009/01/26】Photo:@BANGAR,BRUNEI 2009/01/15

2009年1月24日土曜日

第五十夜/マングローブに生きるテングザル



 五十夜の今夜は海外編。最近,テレビでもお目にかかることの多いテングザルの話し。テングザルは,世界中でもボルネオ島のマングローブ林だけに生息する大型のサル(ボルネオ島固有種),雄が天狗のように長い鼻をもつために和名ではテングザルと呼ばれる(テングのようにピンと立っていないのでむしろ「釣りバカ日誌のスーさん」に似ている),英名はProboscis Monkey(大きな鼻のサル)。さてこのサルとの最初の出会いは僕がマレイシアに暮らしていた約20年前のこと。休暇を取っての旅行中,マングローブ林にそった道をバイクで走っていた時に突然,草むらから飛出した犬のような動物が僕の膝のあたりにぶつかってしまった。バイクの転倒は免れたが,一方,犬らしみものは草むらにひっくり返ってしまった。幸い両者ケガはなかったが大変に驚いた(こんな経験はもうできないだろうな)。草むらからマングローブの林に逃げていった姿を見てその生きものがテングザルと判った。湿地に広がる林には20〜30頭の群れが見えた。当時,このサルはさほどテレビでも紹介されていなかった。今ではボルネオ島のマングローブ林や湿地林の急速な消滅で、絶滅の危機に直面している。現在8,000頭を下回ったとも言われている。今回,このサルに会いに行ってきた。訪れた場所はボルネオ島の小国・ブルネイ王国。ブルネイは,産油国であるために森林伐採に依存する事なく経済が豊であったために熱帯雨林や海岸から河川にかけて広がるマングローブ林や湿地林が比較的良く残っている。首都の町からボートで20分程度でテングザルの生息地にアプローチ出来た(マレイシアでは少なくとも数時間の移動が必要)。現地旅行社のエコツアーに参加すれば簡単だがべらぼうに費用が高い(約120ブルネイドル=B$),しかも他の参加者がいるとこちらが行きたい場所・留まりたい時間が制限される。ユックリとサルを見るためには,ツアーは利用出来ない。まずは桟橋に行ってボートのチャーター交渉をする事から始まった。テングザルの活動時間が主に朝夕に限られるために,かれらの活動時間前には生息場所に達していて静かに待つ必要があった。お昼を食べて桟橋に行くと何人もの水上タクシードライバーが声をかけて来る(水上村=カンポン・アイルが広範囲にあるので小型のボートが移動手段として発達している)。その中からこちらの条件に合うボートを探す。チェックポイントは,1)サルの居場所をちゃんと知っているか,2)値段は妥当か,3)こちらの要望を理解しているか,など。その中に屋根付きのボート(海の上で待つので日差しが欲しい)のトミー氏と35B$で交渉成立の握手。彼はサルの生息地をよく知っているようで,もし見れなかったら10B$返すと言う。人柄も良さそうでこちらの要望も良く理解してくれた。まだまだ強い日差しの午後2時,マングローブ林にボートを進めた。サルが出そうな場所,また休息中のサルの群れを探した。しばらくして遠くの木に腰掛けるサルを発見。ボートをマングローブの中に滑り込ませ,エンジンを切り,サルの移動を待つ。午後2時半頃になるとサルが徐々に移動を始めた。日射しによって出来た陰影の強い木立の中に休む個体はなかなか見つけられない。しかし,コツが判るとだんだんとサルの存在がよく見えるようになってくる。意外に近くにいたりなんかする。10頭程度の小さな群れだが,メスザルや子ザルが水面上高さ10m程度の枝を移動してきた。そして移動する群れの最後を守るかのように大きな雄ザルが現れた。雄ザルはこちらの様子を伺い,水平に張り出した枝に座った。ちょうど20mほどの距離。雄ザルはこちらを頭上から見下ろしている。赤ら顔に大きな鼻,大きなお腹(肉厚なマングローブの葉や新芽,実を主食としており,その消化のために腸が発達している),長い手足,長い尾,そして変わった毛色。声も聞く事が出来た,「キャッキャッ」と鳴くメスや子どもに対して雄は,「ブグーッ」と言う低いおナラのような声を出した。観察するにはこれ以上の条件は見当たらない。双眼鏡で観察,写真を撮る。しばらく経つと,なんと雄ザルのまぶたがおりてしまった。どうも昼寝の続きのようだった,面白いのは枝から落ちないように長い前後の脚を枝にかけている,時々,首が「がっくと」落ちる。まったく人間と変わらない。寝顔はマングローブの木陰の風を受けて大変に気持良さそうだ。徐々にこちらも眠たくなってくる。両者ほとんど昼寝状態。30分以上もそんな状態が続いた。こちらもそろそろ次なる場所に移動しようかと準備していると,気配を感じてか彼も目を覚まし再び群れに加わっていった。ガイドのトミー氏もこれには興奮気味,こんなラッキーな状態はあまりないらしい。ツアーの様に見ようと焦ってはいけない,写真を撮ろうと焦ってもいけない,まずはサルと同じ気分になる事が大切。さて,しばらくボートを進めると今度は,樹木が生い茂った岸辺に2.0m以上の大きなワニが甲羅干し。こちらは写真は撮れず残念。逆に大きなワニの瞬時の動きに驚いた。その後,20頭以上のサルの群れも見る事が出来た。4時を過ぎるとテングザルを売り物にするエコツアーボートが増えてきた。こうなるとサルの行動が活発になり見やすくなったとしても,見学者が増え,ボートがゆれて,暗くなって来るので写真を撮る条件は悪くなる。さっさと町に帰る事にする。トミー氏の招待で自宅=水上ハウス(柱が水底に立てられた家,床の下は水面。水道,電気はきている。但し下水は下の海に。水上ハウスはとても快適)に行き,奥さん手製のお菓子で少し遅いAFTERNOON TEA を過ごした。トミー氏には約束のボート代35B$に加えてお茶代の御礼にプラス5B$の40B$を支払う。今回はとても短い体験だがテングザルと共に味わったマングローブの木陰での時間は最高に幸せだった。【2009/01/24】
Photo:上/湾内から河口にかけて生育するマングローブ林:東南アジアのマングローブ林は良質の炭(備長炭)生産,エビの養殖,埋め立てなどで急速に消滅している,
Photo:下/昼寝をするテングザル(♂)
@B.S.B, BRUNEI 2009/01/17

2009年1月3日土曜日

第四十九夜/ヨシガモ

 初詣の人ごみを避けて疎水沿いを散歩。例年よりも多いか少ないか判らないがカモのいくつもの小さな群れが道路の渋滞を横目に気持良さそうに泳いでいる。その中になつかしカモを見つける。小学一年生の頃,飼っていたヨシガモだった。僕のヨシガモはヒナの時から飼っていたのでとてもなついていた。やがて田舎(三重県)から京都に引っ越してきた時につれてきたものの,実家の庭で飼うのが少々無理だったので近くの京都市動物園に預かってもらった。動物園の入口広場の大きな鳥用ゲージに入れてもらった。その大きなゲージにはカモをはじめとする水鳥が沢山飼われていたがどれが自分の飼っていた個体か判った。僕はあしげに動物園の大きなゲージに通った,もちろん僕の姿を見つけるとちゃんとやってきた。しかしやがて僕が呼んでも来なくなってしまった。その時は「仕方がないな」と思っていたが,本当は寂しくてしかたなかったに違いない。なぜならそんなことがあってからしばらく大好きだった動物園への足が遠のいてしまったからだ。そんなヨシガモだから目が会ってしまった時は正直嬉しかった。【2009/01/03】
Photo:2009/01/03@京都市左京区岡崎公園/疎水