2011年1月26日水曜日

第二百六十八夜/チョゲンボウとカラス

 今日は、ハヤブサの仲間のチョゲンボウの姿を頻繁に見ることができた、しかもつがいだった。写真の個体(左側)は♀で、貯水塔に止まり♂が飛び去った方に時折、鳴いている。♂を呼んでいるのだろうか。しかし残念ことに鳴き声に反応したのはカラスだった。チョゲンボウ(写真の左側)を見つけてすぐ隣の柱に止まって様子をうかがっている、その距離2m。
体の大きさはカラスの方がずっと大きいので、カラスがチョゲンボウに襲われるということは無いだろう。なぜ至近距離で、一羽でやってきたのか興味深い、これは外敵として注意(*1モビング)しているのか、単にこの鳥に興味が有ったのか。カラスは鳴かずちょっかいも出さず、すぐ側でチョゲンボウを観察しているだけである。10分ほどこの状態が続く、さすがに居心地が悪くなったのかチョゲンボウがすぐ側の木の梢に移ると、カラスは「なんだつまんない」と言いたげに別の方に飛んでいってしまった(カラスの行動はおもしろい)。冬の田畑ではこのチョゲンボウの狩りのシーンを時折見ることが出来るが、今日はだめだった。Photo:2011/01/25 @浅小井、近江八幡市、滋賀県

*1 モビング(擬攻撃):タカ類やフクロウ類、カラス類などが現れると、小鳥が群れを作ってつきまとい、それを追い払う行動をとることがあります。こうした行動をモビングと呼びます。この行動は実際の攻撃ではなく、嫌がらせをして追い払うのが目的です。カラス類は小鳥のモビングを受けることもありますが、一方、ノスリ・オオタカなどのタカ類に対してモビングを行います。時には数十羽がタカの回りの飛び交うこともあり、観察者にタカの存在を教えてくれます。

2011年1月21日金曜日

第二百六十七夜/ダイサギと言う名の白鷺

 僕たちは、ごく普通に白い鷺を見て「白鷺」と言ってしまうが、白鷺と言う種の鳥はいない。今の季節、琵琶湖界隈でよく目にする「白鷺」はダイサギ。車窓から見ている分には餌を獲る光景も見れる、さらによく見ようと車から降りるまではいい。いざ写真を撮ろうとカメラを見せたらあら不思議、大きな体をふわっと浮きあげて、さーっとあっちの岸辺まで軽々と飛び去ってしまうのだ。なかなか悔しい思いをする。関西なら「白鷺」と言えばコサギ、チュウサギ、ダイサギ、アマサギぐらいを覚えておけばいいだろう。今の季節はコサギ、ダイサギ。チュウサギ、アマサギは夏鳥として渡ってくる。Photo:2011/01/20 @守山、滋賀県

2011年1月20日木曜日

第二百六十六夜/シロハラ

 雪日はさすがの冬鳥たちも寒そうだ。府立植物園の樹林地を歩いているとすぐ近くの茂みからウグイスの地鳴きのような声が聞こえる、慎重に近づくがいっこうに見つからない。思い込みとは怖いもので、鳴き声をたよりにウグイスのいそうな地際ばかりに目を凝らしていた。見つからない・・・・ふと見上げると手が届きそうな場所にシロハラが一羽休んでいた。写真を撮ろうにも近すぎて撮れない。静かに後ずさりしながらやっと写すことが出来た上の写真はノートリミング(ピントが甘いのは暗くて手ぶれを起こしたから)。逃げる様子も無い、実に寒そうに見える。しばらくして子どもたちが声を高らかに走ってやってきた、さすがにこれには我慢できず飛び去ってしまった。Photo:2011/01/16 @京都府立植物園

2011年1月19日水曜日

第二百六十五夜/鵺(ぬえ)とトラツグミ

 「鵺(ぬえ)の鳴く夜は恐ろしい」は、作家・横溝正史『悪霊島』(あくりょうとう)の映画のキャッチコーピーで記憶に残っている。これは薄暗い森の中から、また夜中に聞こえてくる細い不気味な声の正体が架空の生きもの=鵺(ぬえ)または鵺鳥(ぬえどり)の鳴き声として、気味悪がられることがあったからだ。しかしその声の正体は、この写真の不思議な雰囲気をもつトラツグミ。名は「虎模様のツグミ」からつけられている。明るいところに滅多なことでは現れず、多くの場合薄暗い森やその林縁が生活場所。シダの茂る林中を、するするする・・と音を立てずに歩き、時々立ち止まってじっとしている。地面の落ち葉にクチバシを入れて、聞き耳を立てている。ある時はお尻をふりふりする。多分、この鳥が起こす振動で反応する土中の昆虫やミミズの音を聞いているのかもしれない。派手さもカワイさも無いが、なかなかいい存在感を感じさせてくれる鳥である。Photo:2011/01/16 @京都府立植物園

2011年1月18日火曜日

第二百六十四夜/アオジ


 冬鳥の中には人への警戒心が弱いものも少なくない。そんな小鳥は羽の様子や顔の表情もよくわかり、こちらが不用意に動きさえしなければ長時間観察することが出来る。写真の小鳥も同様で、2m程まで近づくことができた。こちらとの距離が2mを切ると3m程向こうに行ってしまう。種名を「アオジ」というスズメ程の大きさの鳥である。地面で草木の種をついばむことに余念がない、がその動作は絶えず体の向きを変え、ついばんだ種を食べている時は地面から頭を上げて周囲を見ている。これは一羽で行動する小鳥がもつ共通の動作のように思える。少ない植物の種子をついばむには単独のほうがよいのだろう、しかし単独行動のリスク、つまり外敵を察知しずらい。餌を群れでついばみ外敵に対しての防御をするか。それぞれの小鳥たちの活きるための力を見る気がする。Photo:2011/01/16 @京都府立植物園

2011年1月16日日曜日

第二百六十三夜/青い鳥・其の二

 今年二度目の積雪日。こんな日、生きものたちがどのように過ごしているか見ようと植物園へ出かける。日曜日なのだか雪の為に来園者とほとんど出会わない。おかげで数種類の冬鳥をゆっくり見ることが出来た。さすがに鳥たちも寒さでまんまるになっている。写真は、ルリビタキ♀(脇のオレンジ色が強目なので若い♂かもしれない)。杭の上に止まりながら時折地面に降りて餌をついばんでいた。Photo:2011/01/16 @京都府立植物園

2011年1月11日火曜日

第二百六十二夜/ルリビタキは幸せの青い鳥か?

 冬を越すために渡りの途中で立ち寄る小鳥、春までとどまる小鳥。冬鳥の顔ぶれも落ち着いてきた。そのような小鳥の中にとても臆病な種や個体、逆に人間を警戒しない種や個体がいて興味深い。今日、出会ったルリビタキは他の小鳥よりも人見知りしない種類だが、写真の個体はとりわけ馴れ馴れしい。それというのも野鳥の写真を撮っている方々が餌付けをしているから。人気の個体ほど餌をもらえるので近くまでやってくる。そしてこちらを見て餌を催促するような声まであげるのだ。僕は野生の生きものへの餌付け行為は控えるべきと考える。しかし当の僕も子どもの頃、餌を与えていろいろな生きものを見てきた。だからあまり偉そうなことは言えない。
 幸せの青い鳥・・・このような小鳥が近くにやってくる、見ることはすばらしい。それ以上にこの小鳥が自由に暮らす森がここにあること、そしてこの森で時間を過ごせることが幸せと思えることが本当に幸せなんだろうなと・・・わかったようなわからないようなことをこの鳥を観ていて思った。このルリビタキ、一見きれいでかわいいのだが、よく見るとその目はやっぱり野生。写真の個体は♂。Photo:2011/01/11 @京都御苑、京都市

2011年1月9日日曜日

第二百六十一夜/百舌鳥

 雪の河川敷を歩くとモズ(♂)が一羽、柳の枝から草むらに目を凝らしている。視点の先にはカシラダカの小群が草の種を食べていた。カシラダカを狙っているのか、他のものを探しているのかわからない。しばらく観察していると別の木に移り、同じように草地に目を凝らす。時折、地面に降りるものの獲物はいないらしい。動物性の餌を食べる鳥たちによってこの季節を乗り越えるのも楽じゃない。Photo:2011/01/08 @蛇砂川、浅小井町、近江八幡市、滋賀県

2011年1月8日土曜日

第二百六十夜/雪中のアオスジアゲハ蛹

 樹木調査中に雪景色の中、モミジの枝先に新緑を見た。モミジの紅葉に新緑だから虫屋としては直感的に注目すべきものと感じる。角度を変えてみるとまぎれも無いアオスジアゲハの蛹である。空にすかしてみるとその透明感のある緑がとても美しかった。Photo:2011/01/08 @浅小井町、近江八幡市、滋賀県

2011年1月1日土曜日

第二百五十九夜/謹賀新年・雪に思うこと

 今冬初めての降雪、さっそく日常のフィールドでもある京都御苑に出向く。積雪は10cm少し。これだけの降雪は久しくなかった。樹林地を歩くもほとんど生きものの気配はない。時折、カラスやヒヨドリが飛び去る。この降雪で命を落とす鳥もいるだろうなと思いながら、頭上から落ちてくる雪や小枝に注意し歩く。時折、近くで遠くで枝の裂ける音のすぐ後に大きな音をたてて落枝が地面の落ちる。街中の樹林は降雪に弱いらしく、大きく水平に張り出した枝は地面に触れるように垂れ下がり、頭上の大きな枝は雪の重さに絶えかねて裂けてしまう。雪で出来た幹の傷は新しい生きものの住まいとなり、落枝も同じになるだろう。山間では、積雪で多くの若い鹿が死ぬだろう、そしてこれも他の生きものの糧となる。雪は新しい命を生み出すことにつながる。Photo:2011/01/01 @京都御苑